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日本文學科

日本文學科

常に、“現代”というまなざしをもって日本の歳月と風土が培った作品世界に學ぼう。

青山學院大學文學部日本文學科は、文學、語學、日本語教育の3分野すべてをテリトリーとする日本有數の研究?教育拠點です。時代的にも、上代から中古、中世、近世、近代を経て現代までを網羅しています。
文學分野では「古事記」から村上春樹まで(日本文學にかかわりの深い漢文學を含む)、日本語そのものを扱う語學分野では古代語から現代の流行語までを範疇とし、外國人に日本語を教える教育分野も対象とします。それだけに教員陣は他大學にない多彩さを誇ります。
文學と映像との関連に著目した「表象文化論」をはじめ、斬新な切り口で開発された魅力的な授業。演習を中心に主體的に學ぶカリキュラム。第一線の學外研究者が語る最先端領域の集中講義など、既存の枠組みを超えたアプローチによって知的好奇心を刺激します。言語を通して人間存在の普遍性に迫り、國際社會に通用する深い洞察力を養っていきましょう。

日本文學科での學び

ことばの向こう側には、ことばを発する(話す?書く)主體が存在します。ことばを対象にするということは、ことばを介して、ことばの向こう側にいる<他者>と向き合うことでもあります。

日本文學科での學びの本質は、過去から現在に至る、日本語で書かれたテクストを対象とすることで、テクストの向こう側にいる見知らぬ<他者>と対話する技術を學ぶというところにあるといってもよいでしょう。

<他者>を単なる風景や異物としてとらえるのではなく、それ自體獨立した人格としてとらえるためには、<他者>の心を思いやる想像力を持つことが不可欠です。<文學>には、他者の心に分け入ったり、<他者>の目を通して<私>という存在を見つめ直したりする、不思議なメカニズムが內包されています。

心理學者のアリソン?コブニックによると、子供が<他者>の心の志向的狀態を推定する能力と、自分の心の志向的狀態を推定する能力との間には対稱性があるということです。つまり、<他者>の意図や心的狀態を充分に把握することができない人間は、自分自身の意図や心的狀態についても満足に自得することができないということです。

日本文學について學ぶということは、自分とは切り離された他所にある過去の文化?歴史?言語などについて學ぶことではなく、ことばという回路を通して、今、一度きりのかけがえのない人生を生きつつある自分自身と向き合い、自分自身の実存について考えるということと等価な営みなのです。

本學の日本文學科は、そのような、自分という存在について問いかける、最良の學びの場であるといえるでしょう。

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